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あなたといる時の自分──『考える葦』(平野啓一郎)より

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あなたといる時の自分──『考える葦』(平野啓一郎)より

『考える葦』平野啓一郎(キノブックス)
(写真=敷地沙織)

 
スタッフおすすめの本をご紹介する「オンライン立ち読み」企画。
前回に引き続き、平野啓一郎さんの批評・エッセイ集『考える葦』(キノブックス)より1篇をお届けします。平野さんが考える「I love you.」の意味とは?
 

あなたといる時の自分──アンケート:I Love You. の翻訳は?(『考える葦』平野啓一郎より)

《かたちだけの愛》という小説の中で、私は「恋愛」という言葉を、「恋」と「愛」とに一旦、分けて考えてみた。
「恋」とは、まだ結ばれていない二人が、結ばれることを願う、刹那的な激しい感情である。それに対して、「愛」とは、既に結ばれた関係を長く継続させる感情である。西洋的な概念で言えば「エロス」と「フィリア」とがこれに対応しそうである。
 両者は、一方が満たされれば、他方は必ず満たされない、という関係にある。「恋」ばかりしている時には、早く「愛」を手に入れたいと思う。しかし、一度「愛」を手に入れてみると、今度は激しい「恋」に憧れを抱く。
「愛」ではなく「恋」にこそ価値を置いた作家が三島由紀夫だとすれば、「恋」よりも「愛」を重視した作家は谷崎潤一郎である。
「恋」と「愛」とは、言い換えるならば、「好きになること」と「好きであること」である。それは何なのか? どうして、数多の知り合いの中で、あの人ではなく、この人を好きになるのか?
 人間は相手次第で様々な顔を持っている。私はそれを「個人」より小さい単位として「分人」と名づけている。気の合う人といれば、自ずと快活になり、嫌な人といればイライラする。それは、 表面的な仮面の使い分けではなく、自然とそういう自分になるのである。個人はそういった複数の分人の集合体である。
 人が、誰かを好きになる、というのは、実は「その人といる時の自分(=分人)が好き」ということである。他の誰といるよりも、その人といると笑顔になれる。快活になる。生きていることが 楽しい。人は決して、ナルシスティックに自分一人で自分を好きになることは出来ない。しかし、 この人といる時の自分は好き、と言うことは出来る。だからこそ、その相手を大事にする。いつまでも一緒にいたいと思う。
 I love you. の翻訳は、けだし「あなたといる時の自分が好き。」ではないだろうか。
 

出典:『考える葦』キノブックス、2018年
初出:「PHPスペシャル」2012年4月号
協力:株式会社キノブックス、株式会社コルク

 
>>『考える葦』の立ち読みはこちら
・初めて小説を書いた年齢
・「「愚」と云ふ貴い徳」の弁護人

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