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初めて小説を書いた年齢──『考える葦』(平野啓一郎)より

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初めて小説を書いた年齢──『考える葦』(平野啓一郎)より

『考える葦』平野啓一郎(キノブックス)
(写真=敷地沙織)

 
スタッフが本当におすすすめしたい本の中身をご紹介する、「オンライン立ち読み」企画を始めます! 店頭でパラパラと立ち読みする感覚で、お楽しみください。
第一弾は、編集部・志村がイチオシの、平野啓一郎さん『考える葦』(キノブックス)。文学にとどまらず、アート、思想、社会問題など、さまざまなテーマに関心を持つ平野さんの思考の一端に触れることができる批評・エッセイ集から、4篇を順次お届けします。
最初は、来秋映画化される『マチネの終わりに』や、発売前から重版が決まった最新作『ある男』など、話題作を次々に発表する小説家の“原点”に触れられるエッセイです。
 

初めて小説を書いた年齢(『考える葦』平野啓一郎より)

 十七歳というのは、非常に思い出深い年齢で、というのも、私が初めて「小説」というものを書いたのが、この歳だったからである。原稿用紙で八十枚程度の──今にして思えば──短篇だったが、その時には、非常に長いものを書いた気がしていた。私は大学に入って、二作目というのか、二度目というのか、とにかくまた小説を書いた時からワープロを使い始めたので、原稿用紙に手書きしたのは、後にも先にもこれ一度きりである。シャープペンシルと消しゴムで書いた。
 私は最初、この十七歳という年齢のことを、あまり気にしていなかった。しかし、小説家としてデビューした後、あまりに何度も、「初めて小説を書いたのはいつですか?」と尋ねられたせいで、段々、それが十六歳でも十八歳でもなかったことに、意味があったような感じがしてきた。
 もし小説家になっていなかったなら、この十七歳という年齢は、きっともっと忘れがたく私の心に刻みつけられていただろう。自分はあの時、どうしてあんなものを書いたのか、と。実際に、当時の私は、そっちの方の未来を漠然と予感していて、書いた小説も、平凡な会社員である主人公が、『トニオ・クレーゲル』的な少年時代を回想する、といった内容だった。
 人は別に、いつも「小説家になりたい」と思って小説を書くわけではないだろう。色んな人が、老若男女を問わず、或いは有名無名を問わず、なぜか唐突に小説を書いている。
 職業小説家でもない限り、急に思い立って小説なんか書き始めるというのは、何となく恥ずかしいヽヽヽヽヽことだが、なぜそれが恥の感覚に触れるのか、というのは、粗雑には扱えない問題である。読む人がどうであれ、ただ書くことが、当人を実存の危機から救済するということは、実際にあるのである。
 十七歳の私も、最初から小説家になりたいと思っていたわけではなかった。そんな遠大な考えに取り憑かれるようになったのは、もっとあとになってからのことである。
 私は既に多読だったが、小説を読むことと書くこととの径庭は、小さいようでもあり、また大きいようでもある。とにかく、私はただ、書きたかったから書いたのである。それまでにも、日々の思いを、折々ノートに書きつけてみたりすることはあったが、その時は、どうしても「小説」を書かずにはおれない衝動に初めて駆られたのだった。
 中身はというと、先述の如く、トーマス・マンの影響丸出しの、しかし勿論、そんな立派なものでもないお粗末な代物で、事実、それを読んでくれた私の姉と国語教師、そして後に東京芸大に行くことになる級友は、誰一人として、そこに輝かしい才能の片鱗を認めることもなく、さりとて、酷評するわけでもなく、こんなものを突然書いてしまった私を訝りつつ、優しく慰めるような、実に親切な感想を伝えてくれたのだった。
 私はその反応に、さすがに少々、ガッカリしたのだったが、他方でどこかサッパリもしていて、以後はせっせと大学受験の勉強に勤しむこととなった。マンに影響を受けていたくらいだから、私は他方で、健康な市民社会に適応するということに、並々ならぬ意欲を抱いていて、どうせなら、なるだけ文学とは縁遠そうな学部に入ろうと、志望は法学部にした。その後の成り行きについては、他のところでも何度か書いてきた。
 
 ふしぎなもので、私は、小説家としてデビューした後に書いたものを今読み返しても、恥ずかしいヽヽヽヽヽという感じはまったくない。若書きの稚拙な部分はところどころ目につくが、しかし、どこか他人が書いたもののように感心することもあり、長い創作の年月の間に、身につけた能力がある一方で、失ったものもあるな、と考えたりする。
 しかし、この十七歳の時に書いた小説だけは、その後一度として読み返してみたことがなく、この原稿のために、二十四年ぶりに引っ張り出してみようかと一瞬思いはしたものの、どこにしまっただろうかと考えているうちに、その気も失せてしまった。やはり、なんともしれない恥ずかしいヽヽヽヽヽという感覚がある。
 してみると人は、後で振り返って、恥ずかしい作品を書いているうちは、まだ小説家ではないのだろうか? これはさすがに早急すぎる結論だろう。
 実のところ、この降ってわいたような創作意欲と、書き終わったあとの虚脱感というのは、この十七歳の一回きりというわけではなく、小説家になって以来、今日に至るまであまり変わらないようにも思われる。初体験だっただけに、私はそれを妙な一過性の病気のように考えていたが、大学入学後、しばらくしてまたぶり返してしまった。職業小説家となった今、すっかり完治してしまったのでは困るのだが、書いたことで、もう片づいてしまった問題も少なからずある。治ったはずの病気にまた罹ろうとするのは、やはり不健全で、読者も付き合いきれないだろう。
 

出典:『考える葦』キノブックス、2018年
初出:「すばる」2017年1月号
協力:株式会社キノブックス、株式会社コルク

 
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