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いまだから読みたい、いまだからすすめたい。SPBSの「本棚最前線」〜若手歌人のフードエッセイからブロックチェーンまで

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いまだから読みたい、いまだからすすめたい。SPBSの「本棚最前線」〜若手歌人のフードエッセイからブロックチェーンまで

 

日々、さまざまなお客さまで賑わうSPBSの売筋やおすすめのフェアを紹介する当企画。「何か面白いものないかな」と探しているそんなあなたに、マネージャー・鈴木と店長・粕川がSPBS的イチオシをご紹介します。

今回は、若手歌人のフードエッセイから、ブロックチェーン解説書まで、きっと思わず手に取ってしまう運命の一冊に巡り会えるはずです。

 

文・写真=清藤千秋(SPBS編集部)

 

24歳の新鋭歌人が織りなす言葉と食の魔法〜『わたしを空腹にしないほうがいい』くどうれいん(2018、BOOKNERD)

鈴木:まずは、くどうれいんさんの『わたしを空腹にしないほうがいい』です。くどうさんはもともと歌人として、文章を使ったいろんな表現を文芸誌などで発表されていたのですが、これは無類の食好きであるくどうさんの、食にまつわるエッセイ。

 

──わたしも読みました。やられました……。まずタイトルからして目を惹きます。

 

『わたしを空腹にしないほうがいい』くどうれいん(2018、BOOKNERD)

 

鈴木:そうなんですよ、わたしは普段、詩や短歌はあまり読まないんですけれど、このエッセイは歌人ならではの独特な表現力を駆使していながらも、さらりと読めてしまって、なおかつ胸を打つ。

版元のBOOKNERDさんは、盛岡の書店なんです。くどうれいんさんも盛岡出身で、盛岡在住。

 

──そうなんですか! 作家さんが地元の書店版元で出版されるっていうのはすごくいいですね。

 

鈴木:9月に、トークイベントがあって初めてBOOKNERDに行ったんですよ。失礼ながら、「こんなに人がいないところでどうやったら本屋が成り立つんだ!?」と思ったくらい、渋谷と比べると閑散とした地域なのですが、そのイベントには店内がぎゅうぎゅうになるほど人が押し寄せていて。こうやって、本屋を拠点にコミュニティがつくられていくんだなあと感動しました。盛岡に行かれた際は、ぜひお立ち寄りいただきたい本屋さんです。

 

粕川:『わたしを空腹にしないほうがいい』は最新号の『GINZA』(11月号)でも渋谷のジュンク堂で文芸書を担当されている岩渕宏美さんがご紹介されたり、平野紗季子さんがインスタで投稿されていたり、じわり、じわりと人気が出てきていますね。

 

ミュージシャンで文筆家。寺尾紗穂さんの初エッセイが登場 〜「寺尾紗穂」文芸フェア

寺尾紗穂さんの著作、CDや関連書籍を合わせて紹介する文芸フェアを絶賛開催中

 

鈴木:寺尾さんはもともとミュージシャンなんですけれど、文筆家としても活動されている、唯一無二の存在感を放つ方です。

 

粕川:大学院のときに書かれた修士論文が、文春新書から出版されていました。『評伝川島芳子 – 男装のエトランゼ』(2008)という本です。

 

──えっ、すごい。

 

粕川:いまSPBSに置いているのは、『南洋と私』(2015、リトル・モア)『あの頃のパラオをさがして – 日本統治下の南洋を生きた人々』(2017、集英社)『原発労働者』(2015、講談社)で、かなり社会派の題材を取り上げられています。

今回、ご自身初のエッセイ『彗星の孤独』(2018、STAND BOOKS)と、彼女のバンド「冬にわかれて」からファーストアルバム『なんにもいらない』が同時に発売されるということもあって、文芸フェアとして特集コーナーをつくっています。

 

──こんな重厚なルポタージュを書かれるミュージシャンが、一体どんなエッセイを書くのか……! 非常に気になります。

 

粕川:アルバムの楽曲と、エッセイは、ぜひ一緒に楽しんでいただきたいです。

ちなみに、この『彗星の孤独』を手がけたSTAND BOOKSという出版社は、ニッチだけれど、音楽系の話題になる本を手がけてきているので、要注目です!

 

『彗星の孤独』(2018、STAND BOOKS)

 

「ビジネス系リトルプレス」の可能性〜『Blockchain Handbook for Digital Identity 2018 volume 1』若林恵(2018、黒鳥社)

鈴木:もともと雑誌『WIRED』の編集長だった若林恵さんが去年の12月で編集長職を辞され、「黒鳥社」というコンテンツメーカーを春に立ち上げられたのですが、その設立記念パーティに伺ったときにこれが配られたんですよ。

 

──えっ、配られた?無料で?

 

鈴木:そう。もともと、販売するためにはつくってなかったみたいです。だけど、「これめっちゃいいじゃないですか」「売らないんですか」ってねちねち言い続けてたら、うちにも卸してくださいました(笑)。

 

──装丁もめちゃめちゃ格好いいですね。まるでブロックチェーンなんていう難しい題材について書かれたものだとは思えない。

 

『Blockchain Handbook for Digital Identity 2018 volume 1』若林恵(2018、黒鳥社)
帯をめくったその下にあるイケてる装丁は、店頭に来てからのお楽しみ

 

鈴木:装丁デザインは、わたしの大好きな藤田裕美さんです。配布されたとには、もともと帯はなかったんです。でも、「販売するなら」と、つくったそうです。

こういうバーコードがついていない、著者や出版社と直接やりとりをして仕入れる出版物って、領域でいうと文芸とか、カルチャーが多いじゃないですか。ビジネスって、ほとんど見たことない。というか、たぶん「リトルプレス」である必要性が見いだされていなかったジャンルなんですよね。

でも、内容と流通量のギャップがすごく面白いし、「ビジネス系のリトルプレス」って、すごく可能性があるなと感じました。

これはブロックチェーンを学ぶにあたっては入門書の一つとして最適ですし、値段も700円(税別)という、リトルプレスならではの価格帯も魅力です。

 

写真家がゆく、フェルメール作品「全点突破」の軌跡〜『フェルメール』植本一子(2018、ナナロク社 ブルーシープ)

鈴木:続いてはこちらです。

 

──いま、ちょうど展覧会をやっているフェルメールですね。

 

鈴木:この著者の植本一子さんは、写真家なんですけれど、本屋業界ではかなりセンセーショナルな方で。

2016年に出版された『かなわない』(タバブックス)というエッセイで、それまで以上に有名になりました。それは、植本さんがECDさん(故人)という有名なラッパーとご結婚されていて、子育てもされていたんですけれど、でも別の男性と恋愛してしまって……云々、という内容が赤裸々に語られている本で。そののちの『降伏の記録』『家族最後の日』と、シリーズで話題になりました。

とっても文章が良くて、引き込まれてしまう。

 

『フェルメール』植本一子(2018、ナナロク社 ブルーシープ)

 

──えっ、不倫の話?

 

鈴木:不倫……。まあ、不倫ですね。いや、でも違うんですよ。もっとこう……愛の話です。総じて愛の話なんです。とにかく読めばわかります。

 

──非常に気になります(笑)。

 

鈴木:そんな方がフェルメールの本を出すと聞いて「なんのこっちゃ……!?」と思ったのですが(笑)、これはフェルメールが展示されている美術館と街を回って、旅日記みたいな形でフェルメールを紹介していくんですよね。

普通はガイドブックとか、作品について語るみたいな、そんな内容になると思うんですけど、一子さんが著者になっている理由がわかりますよ。彼女が旅をして、美術館に行って、そこには何があって、どういうことが起こったのか……文章に入り込んで、疑似体験ができるんです。

これは、まさしく植本一子さんにしか生み出せないフェルメール本です。

 

意外な切り口で名著の魅力を再発見〜「人生のなかのひかり」フェア

鈴木:入り口のところで平置きになっているのは新刊なのですが、棚は、新旧問わず並べています。こういうフェアをすることによって、少し前の本や、過去の名作を拾い上げることができるので、お客さまへの新しい提案に繋がっています。

 

粕川:今回の「人生のなかのひかり」はスタッフが独自に提案してくれた企画で、本のリストを初めて見たときは「しぶっ!」と思ったのですが(笑)、好評です。

やっぱり、強い想いが込められていて、企画の意図がしっかりあるものはお客さまにも伝わるんですね。

 

 

──岡本かの子全集、太宰治の『走れメロス』、ジュンパ・ラリヒ、美濃部美津子……確かにしぶい(笑)。

でも、こんな切り口で新たに紹介されていたら、読んだことのある本でも思わず手に取ってしまいますね。

 

粕川:やっぱり、みなさん、すすめられたいんだと思います。

 

──たしかに。だって、何読めばいいのかわかんないですもんね……。

 

粕川:世の中、これだけ本がありますからね。フェアをするときは、どんな人に、どんなメッセージを届けたいのか、なぜいま、これをやらなければいけないのか、ということを意識しながら選書しています。

 

 

雑誌、リトルプレス、専門書、文芸書、漫画などを、独自の視点でセレクトしご紹介しているSPBS。書店のスタッフのこだわりが詰まった本棚は、いつも違う表情を見せてお客さまをお出迎えします。

秋の夜長のお供に、気になる一冊を見つけにいらっしゃいませんか。

 

 

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