本と編集の総合企業

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“出版社経営”と“自分がつくりたい本づくり”、そのはざまで編集者はどのように出版を決定するのか?

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ナナロク社・村井光男さん、Baci・内田有佳さん、TISSUE PAPERS・安東嵩史さん

当店SPBSは、自分たちがおすすめしたい本を一点ずつ選び、冊数を決めて、仕入れ、日々お客さまにお届けしています。しかし、本のつくり方も売り方も多様化が進むいま、「誰がつくった本を仕入れるか?」「どこから仕入れるか?」「どのようにその情報をキャッチし、届けるか?」といったことにきちんと向き合い、考え方をアップデートしていかなければならないと日々感じています。

今回のトークショーでは、SPBSが思う「良質な本」をつくり続けている出版社4社の編集者を迎え、本にまつわるビジネスについてお伺いしました。ご登壇いただいたのは、タバブックス(イ・ミンギョン『私たちにはことばが必要だ』雑誌『仕事文脈』など)宮川真紀さん、TISSUE PAPERS(石田真澄写真集『light years-光年-』など)安東嵩史さん、ナナロク社(谷川俊太郎詩集『バウムクーヘン』など)村井光男さん、Baci(今井麗作品集『gathering』など)内田有佳さん。

“小規模な出版社で本をつくって売る”ことが特別なことではなくなったいま、出版業界を取り巻くさまざまな変化の中で、どのように本をつくっているのでしょうか?

※本記事は、2019年1月25日にSPBS本店で開催したトークイベントの一部より構成したものです。

文=SPBS編集部
写真=北澤太地

自分がつくりたい本は、自分の会社でつくった方が早い

──まず最初に、「自分で会社を立ち上げて、本をつくるようになった理由」をお聞かせいただけますか。

村井:会社を立ち上げたのは2008年の3月です。「本をつくりたいな」っていう思いはずっとあったんですけど、会社をつくったのは、本をつくるには会社をつくった方が早いし、確かだし、適切なものができる、っていうことですね。

内田:私は大学卒業後、編集プロダクション(※出版社などから編集の仕事を請け負う企業)に入って雑誌の仕事を学び、辞めてフリーランスになりました。いまも雑誌の仕事はしているので、仕事は「フリーランスの雑誌編集者」ですね。でも一度、2015年にアート系の出版社に就職しているんです。雑誌は好きだったんですが、アートブックの編集も経験したくて、「よし、お給料もらって、書籍のつくり方を学ぶぞ!」って思ったんですけど、そこに、馬が合わないお局さんがいて(笑)。2カ月でクビになったんですよね。

村井:クビになったんですか?

内田:はい、クビでした。それで、お給料もらいながら学ぼうと思ってた自分が甘かったと思って、自分のお金で2016年に出版レーベルを立ち上げたという流れです。

安東:じゃあ会社にしたのは、ぼくが一番遅いってことですね。2017年なので。小さい単位でやることのメリットは、やはり意思決定が早いということにつきますね。大きな出版社だとハンコが多いというか、本を一冊出すのにも様々なプロセスがあって、どうしてもスピードが鈍ってしまうので。

村井:編集長や営業部長からハンコをもらうんですか?

安東:自分の経験だと、まずは営業に類書調査というのを依頼して、同じようなテーマの本がどれくらい売れているのかを調べる。次に会議で、「それは売れるのか」「どの棚に置くことを想定してるのか」という問答が行なわれます。そういうマスな流通のやり方を否定はしないですけど、どうしても類書や前例の「わかりやすい」データに頼りがちになる。あとは、企画がボツになると悔しい(笑)。

会場:(笑)

安東:いまのところ、自分のところにはドローイングと写真の本しかないんですけど、そういう「わかりにくい」本はマスの流通には乗りづらい。でも、だからってこの世に存在してはいけない本ではないじゃないですか。なので、自分の出すべき本を自分の意思ひとつで出そうと思って、会社をつくりました。

宮川:私は2012年の夏にレーベルとしてスタートしたんですけど、きっかけは、〈PARCO出版〉を辞めたあとフリーで書籍編集をしていたとき、版元の方針に従って出したら売れなかったことがあって。別の版元から出し直そうと思ったんですけど、だったら自分で出した方が早いと思って、やってみたっていう。

安東:だいたい動機の半分はみんな一緒ってことですね。

宮川さんはインフルエンザ罹患直後だったため、当日はFacetimeでトークショーにご参加いただきました

自分がいなかったら生まれなかったであろう本をつくる

──本をつくるには、売れなかったら大赤字を抱えるというリスクを背負うわけですが、実際に「本にしよう」と判断する、決め手はどのようなところにありますか?

村井:どういう素材をどういう判断で本にするかの決め手は、単純に「自分が好きかどうか」っていうのはものすごく大きいですね。あと、「うちじゃないとつくらないだろうな」っていうものを出したい。だから、その作家がいままで書いてないものを書いてもらうとか、その作家にとってうちで出すことが作家人生における分岐点になって、「この人たちと付き合ってよかった」っていう風に思ってもらいたいっていうのが、すごくあります。

内田:私は、いつもは雑誌の編集をしているので、新しく何かに興味を持ったときに、サッと動ける場所があるんですよ。なので、逆に自分のレーベルから出版するときは、興味を持っているのはもちろんですが、「上製本にして届けたいかどうか」という部分が大きい。自分で出版をやっているのには、布張りの上製本(ハードカバー)をつくりたいという欲求も大きいので。

安東:雑誌では、それはなかなか難しいですからね。

内田:そうなんです、つくりたい本の形が具体的にあるんですよね。あとは、「個人的な、一時の興味じゃないのか?」と、何回も自分に問います。まだまだ経験が足りないからだと思いますが、「本当にやりたいのか? 本当に自分が考えている形、タイミングで本を出すことに意味があるのか?」と半年以上は考えています(笑)。

安東:そんなにかかるんですか?

内田:今井麗さんの画集『gathering』のときは、出したいと思い始めてから、他人に言うまでに多分3〜4カ月、そこからご本人に連絡するまでにまた3〜4カ月、ずっと一人でぐるぐると考えていました。自分の中に十分に熱があるのかと、しつこく自問自答しないと進めない性格なんです。

SPBSの店頭を彩る、ゲストの編集者のみなさまが出版された本たち

安東:面白いですね。「世の中にはこういう本があるべきだ」というのと「この市場があるからこういう本を出しましょう」っていうのは似て非なるもので、〈TISSUE PAPERS〉では前者はやるけど後者はやらないようにしていて。いまのところ、うちの本はみんな「初の作品集」なんです。ぼくが声をかけなかったら作品集はこの世にまだなかったかもしれないし、出してみると、全然意図してなかったような出会いとか、ものごと・人・お金、いろんなものが集まってきて、予想もしなかったところに連れて行ってくれる。そういう予測のつかなさが面白いんですよ。

宮川:だいたいみんな同じ(笑)。うちもやっぱり初作の人は多いですし、他で売れている人にはそもそも声をかけません。ただ、ピンと来たら割とすぐ声をかけています。うちは『仕事文脈』という年2回刊の雑誌があって、とりあえずそこでまず何か書いてもらえませんか、と気軽に頼めるので、そこから本にしたり。あとは一番新しい『私たちにはことばが必要だ』という本は、2017年にソウルの出版社・書店ツアーに行ったとき、インディペンデント系の書店2〜3軒に原著が置いてあって、これは流行ってるんだろうと思って、帰ってすぐ出そうと即決しました。誰のハンコもいらないですから(笑)。

村井:逆に日本で出した本には、ものすごい確率で、アジアの出版エージェント(※海外の作家と日本の出版社間のコミュニケーションを取り次ぐ企業)から声がかかるんですよね。「出したばっかりなのにこの本を?」みたいなこと、ありますよね。

宮川:早いですよね。amazonの予約ページを見て来たみたいなことも(笑)。

安東:へー、すごい! 本がつくられるきっかけも、いろんな形が生まれつつあるんですよね、きっと。

自らが手がけた本を紹介しながら、本づくりへのこだわりや、本をつくった当時の思いを語る場面も

タバブックス代表 宮川 真紀(みやかわ まき)さん

東京都生まれ。株式会社パルコにて雑誌編集(月刊アクロス)、書籍編集(PARCO出版)に従事、2006年よりフリー。書籍企画・編集・制作、執筆(神谷巻尾名義)などの活動ののち、2012年8月タバブックス設立。
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TISSUE PAPERS 安東 嵩史(あんどう たかふみ)さん

大分県生まれ。 編集者。2005年以降、書籍や雑誌、展示などを多数制作。2017年、クリエイティブディレクションを中心とするTISSUE Inc. / 出版レーベルTISSUE PAPERSを設立。また境界文化の研究をライフワークとし、トーチwebにて「国境線上の蟹」連載中。
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(株)ナナロク社代表 村井 光男(むらい みつお)さん

東京都生まれ。新卒で出版社に就職するも3年で解雇に。成り行きで設立した個人出版社イマココ社で雑誌『少年文芸』創刊、2年で頓挫。その後、復職した出版社が倒産したのをきっかけに2008年ナナロク社を設立。川島小鳥写真集『未来ちゃん』他、話題作を出版。
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Baci 内田 有佳(うちだ ゆか)さん

大阪府生まれ。編集者・ライター。マガジンハウスなどの出版社で編集・ライターを務めながら、2016年に自身の出版レーベルを設立。これまでに、安西水丸『ON THE TABLE』と今井麗『gathering』を出版。
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