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鹿の命は1ミリも無駄にしない! 派手な加工の鹿革が実はものすごいエコだった話

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ギラギラと鮮やかな色彩が目を引く丸い形。よく見ると目があり鼻があり……そう、写真の正体は「だるま」です。そして、この派手な装飾はいったい何でできているのかというと、実はこれ、「鹿革」なんです。写真のだるまは、5センチほどの小さな体に、鹿革のシールで装飾をほどこしたものです。
 
“革”と聞いてイメージするのは、普段ベルトやバッグなどで目にするような、単色でシンプルな素材だと思いますが、この鹿革のイメージはそれとは全く違い、驚くほど軽やかでゴージャス。一見「革」とは思えないほどです。
 
なぜ、このように派手な革がつくられているのでしょうか? 見た目で革だと分からないなんて、革ならではの良さを台無しにしているような気がして……。一体なぜこんな加工をするのかという疑問を、この革の製造元であり、鹿革加工と商品開発を行っているOMNES(オムネス/有限会社ワイ・アンド・ワイコーポレーション)代表の岡部時夫さん、デザイナーの吉野美桜さんにうかがってみました。

(*写真のだるまは非売品です)

 
取材・文=品田野乃子(SPBSスタッフ)
 

動物から命をいただいているので、1ミリも無駄にしたくない

岡部時夫(以下岡部):そもそも、日本で製革業が本格化したのは明治時代、軍隊ができたときです。それまでは、革靴もベルトもありませんでしたが、近代諸国と戦争をするために、大量に必要になりました。その結果、産業となったんです。
 
──その技術はどこから日本に入ってきたんですか?
 
岡部:当時最先端の技術を持っていたイタリアやドイツなど、ヨーロッパですね。でも実は、それ以前から革の活用は全国各地で行われていました。なぜかというと、基本的に、革は「肉を食べるから出る」副産物なんです。革をとるために動物は殺しませんので。
 
日本人は、古くから鹿やイノシシを食べていたため、食用にできなかった部分=革を使って防寒グッズや小物をつくっていました。世界でも考えることは同じで、アメリカは牛を食べるので牛革が出るし、イスラム圏ではラムを食べるので羊の革が出ます。これらを使って、各国独自の方法で革をなめして、生活に取り入れていました。
 
──「なめす」って、よく耳にしますが具体的にはどういうことですか?
 
岡部:簡単にいうと、動物の「皮」を「革」にする作業のことを言います。皮はそのままだと腐敗や乾燥で使い物にならないので。植物由来のタンニンを使った方法か、金属製のクロムを使う方法が一般的ですが、昔の人は良く考えたもので、燻したり(スモークレザーと呼ばれる方法で、今も一部で存在する)、動物の脳髄からリンを取り出してなめしたりしていました。
 
──たしかに、「ギャートルズ*1」の時代からマンモスを捕獲した後、食べられない革の部分は衣服として使ってますもんね。そう考えると、革ってかなり歴史のあるアイテムですね。
 

*1 原始時代を舞台とした、園山俊二原作ギャグ漫画で、テレビアニメも放送された(1974〜76 )。登場人物は、動物の革でできた簡易な服を着ている

 

代表の岡部さん。
台東区田原町にあるOMNESの事務所内には、膨大な量の鹿革がストックされている

 
岡部:中でも我々の扱っている「鹿革」は、牛革や豚革に比べると高価なんです。なぜだと思いますか?
 
──なんでだろう……。あまり食べないからですか?
 
岡部:正解です。牛の中には高価なものもありますが、食肉として流通している絶対量が多いので、鹿革の方が希少価値があります。今、日本で取り扱っている鹿革は、ニュージーランドから輸入されているものがほとんどなんですよ。なめす前の、まだ革になっていない状態 (=ピックル:動物の皮の毛だけ全部抜いた状態のこと)で届き、日本でなめします。それらは、まず剣道や弓道で使う武具に使われて、武具に使用されない部分、古くはカンナで削っていた吟層をタンナー*2である藤岡勇吉商店と共同開発して新しい革素材を提供しています。
 

*2 なめし革加工業者のこと

 
──剣道、弓道の武具に鹿革が使われているということも知りませんでした。使い切れなかった部分って、本来だと破棄されてしまうものなんですか?
 
岡部:多くはそうですね。ですが、そんなのもったいないじゃないですか。僕らの信念としては「全部使う」。そして「捨てない」。革が出たのは、肉を食べたから。動物から命をいただいているつもりで革を扱っているので、1ミリも無駄にしたくない。だからこその加工なんです。
 
吉野美桜(以下吉野):加工をした革でないと、百貨店で売れないことがあるんです。
 
──どういう意味ですか?
 
吉野:革ってとても繊細な素材なんです。そして、当たり前ですが本物の動物を使っているので個体差があります。人間にシミやホクロがあるのと同じように、動物にもキズや、体の部分によって色ムラがあるんですが、キズや色ムラをそのままの状態の革を製品にして、販売することはできないんです。
 
──難しいですね。
 
岡部:でも、製品にできないからって革を捨てたくないじゃないですか。だったら、革の表面を「絞り染め」してみてはどうか? と思ったんです。
 
──鹿革に絞り染め!?
 
岡部:鹿革は他の動物と比べて、薄くて、軽くて、よく伸びるのが特徴で、赤ちゃんの肌にいちばん近いと言われてるんですよ。サラサラとした、スポンジっぽい肌触りで。どこまで薄くできるか、試してみたら最大で0.3ミリまで薄くすることができました。
絞り染めは、本来、絹などを手染めした着物等の和装の技法です。0.3ミリの鹿革で手染めすることで、今までにない色彩を革で表現することができたんです。
 

絞り染めをした鹿革

 
吉野:やるなら徹底的にやりたいと思い、京都の伝統的な絞り染めの先生がいる山奥まで赴いて、絞り染めした鹿革に筆で絵付けをしてもらいました。
 
──すごい高そう……。これは結局何になったんですか?
 
吉野:風呂敷ですね。
 
──鹿革の風呂敷!
 
岡部:あと、ブックカバーとかもつくりました。絞り染め以外にも、フィルムを貼ったり、箔をつけたり、銀メッキ加工したり、なんだかどんどん楽しくなって、とにかくいろいろな加工をやり続けています。
 

さまざま加工が施された鹿革

 
──デザインも攻めてますよね。他ではあまり見かけないというか……。
 
岡部:デザインは吉野がやっています。他では絶対にできないような組み合わせを考えて、我々しかできない加工方法でデザインしています。
 
吉野:“普通じゃない感じ”が私たちの良さだと思うので、そこを打ち出せたらと思っています。他にも、羽を並べてフィルムを貼ってみたり、指で絵の具をのばして塗ったりなど、最近は、よりオリジナリティを強化したデザインを考えています。
 
──(座らせてもらっていた)この椅子も、すごくかわいいですよね。これも鹿革ですか?
 

 
吉野:これは0.3ミリの鹿革をつかっています。アルミ箔を貼って、その上に定規とかハサミとか分度器とかコンパスとか、いろいろ置いて、シンナーで削って……。
 
岡部:箔って、シンナーで落ちるんですよ。
 
吉野:そこを逆手にとって、型どりしました。そうしてできあがった革を、糊付けして椅子に貼り付けたんです。先ほど言ったように、鹿革は伸縮性があるので、大人2人で両端引っ張って、ピーンとした状態で貼るんです。結構大変でした。ただ、他の革だと伸びずに破れちゃうけれど、曲線に合わせられるのは、伸びる鹿革だからなんですね。
 
岡部:もともとこの椅子は、日本の有名なデザイナーの方が、フランスの美術館で展示するためにつくったんです。その椅子に、我々のつくった革を貼りたいと依頼がきて。だからこの椅子は、ここでつくったあとフランスに持っていきました。それが最近、帰ってきたので、事務所で使っています。
 
──パリ帰りの椅子なんですね(笑)。
 

「OMNES」ブランドができたわけ

岡部:創業後しばらくは、鹿革の洋服をつくっていたんです。その頃から革を捨てたことがないので、余った革の切れ端が山のようにあります。
 
吉野:鹿革はただでさえ高価なのに、加工するともっと高くなるんです。市場で革を売買するとき、日本では「ds(デシ)」と呼ばれる単位で測るんですけど、10センチ×10センチ=1デシでだいたい100円くらいが今の相場です。でも、うちの革は、絞り染めしたり箔をつけたり、ガッツリ加工しているので、1デシあたり120〜180円くらいになります。だから、捨てるなんて本当にもったいなくて!
 
──ここに見えている分だけでも、ものすごい量のストックですよね。
 
吉野:そんな余り革がたくさんあったので、「こういうグッズがあったら、かわいいよなぁ」と思いながら、ポーチとかアクセサリーとか、いろいろつくっていたんです。最初は販売するつもりはなく、自分でミシンを引っ張ってきて、好きなものをつくって、たまに人にあげたりしていたんですが、だんだん周りの人が、「これいいね!」って言ってくれるようになってきて。
 

 

 
吉野:周りの人からの後押しと、自分のつくったものが、たくさんの人の手に届いたらうれしいなという気持ちから、「OMNES」というブランドを立ち上げました。今は、財布やスマホケース、アクセサリーなど、さまざまな商品を展開しています。
 

 
岡部:ある日吉野が、鹿革のシールをつくりたいって言ったときは、そのアイデアに驚きましたね。
 
吉野:だって、女の人ってシール好きじゃないですか。あと、自社商品のカスタマイズにシールがあったら便利だなって思ったんです。
 
岡部:それを聞いて、すぐに糊加工ができないか、いろいろ試しに工場に行きました。そして、できたんです。鹿革のシールが。
 
吉野:岡部が糊加工をした鹿革をつくってくれたので、さっそく型を買って、ハートとかリップとか、いろいろな形でシールをつくってみました。こんな感じで。かわいいですよね。
 

リップ型鹿革シール

 
吉野:その後、シールで余った生地がたまってきたので、もともと趣味でコレクションしていた「だるま」に貼ってみたんです。リボンとか帽子とか、ワンポイントにしたらかわいいかなって思って。
 

にぎやかに装飾された「OMNESだるま」素朴な顔が、なんとも言えずかわいらしい
(画像:OMNES オンラインショップ提供)

 
──めちゃくちゃかわいいですね!
 
吉野:ある展示会で、ディスプレイにインパクトが足りないなと思ったときに、ふとこのだるまを並べてみたんです。そうしたら、思ったよりも評判がよかったんです(笑)。そこで、だるまの製造元である福島県の「白河だるま」さんを紹介してもらって、本格的にだるまの装飾を始めました。やっていくうちに楽しくなって、クリスマスやバレンタインなどの季節限定だるまもつくるようになったんです。現時点で、おそらく3万個くらいだるまに装飾をしたと思います。
 
──3万個も……!
 
岡部:白河だるまさんにも喜んでもらえたことはもちろんうれしいですが、だるまを通じて福島の復興にもつながってくれたら、もっともっとうれしいですね。
 

実はエコな鹿革素材、今後のチャレンジ

吉野:私たちのつくる革は“派手”だから、そもそも革だと思われないし、エコに見えないんです。でも「もともとはキズがいっぱいあってそのまま使うことができなかったものも、全部使いたいから加工してるんです」というと、みんな理解してくれます。
 
岡部:もとは、武具で使えなかった部分なわけですし。
 
吉野:革だから、丈夫で長持ちしますし。さっきのシールも、普通の紙だと1年ももたないですが、2年、3年たっても壊れなくて、そこで初めて「革」でできていると知る人もいらっしゃいます。革に見えない! と言われると「勝った」と思いますね(笑)。
 
──良いものを長く使うのが、いちばんのエコですもんね。今後はどんな商品にチャレンジするんですか?
 
岡部:今、新しくやりたいと思っているのが……鹿革のうちわ!
 

絞り染め加工をした鹿革でつくられたうちわ

 

うちわと合わせて履きたい、鹿革草履。
統一の感のあるコーディネートが楽しめる

 
岡部:革でつくられたことがないものを、つくりたいと思っているんです。鹿革は軽くて薄いから、扇いでも全然疲れないんですよ。風もしっかり送ってくれるし、何より丈夫なので、破けない。素敵でしょう。
 
吉野:絞り染め加工している革だったら、見た目も涼しくて良いですよね。
 
岡部:他にも、革とは全く関係ない建築・建材展にいって、素材をみて、革に置き換えて加工できないか、みたいなことをいつも考えています。全然関係ないものを組み合わせることで、欲しいものが生まれたり、いいものが生まれたりすると思うんですよね。「これがいいんだ!」なんて決め込んでつくってたって、そんなの絶対独りよがりだから。そういう新しいことを、これからも続けていきたいですね。その結果として、鹿革をもっと身近に感じてもらうことができて、より世の中が面白くなったら……といつも思っています。
 
──革がこんなに自由自在だとは知りませんでした。
 
岡部:革をやってる人も知らないと思いますよ。
 
吉野:革は意外とタフですね。
 

 
次から次へと斬新なアイデアで製品を世の中に出していくお二人の話からは、「どんな切れ端でも絶対に捨てない」という、命を大切にする心や、「鹿革で面白いものをつくりたい」という仕事への情熱があふれ出していました。
 
今回取材のご協力いただいたOMNESの商品は、CHOUCHOU渋谷ヒカリエShinQs店で展開中(2018年10月1日〜10月31日)。ぜひ店頭でご覧ください。
 

 
<プロフィール>

岡部時夫(おかべ ときお)/有限会社ワイ・アンド・ワイコーポレーション 代表

前職の時、出張で訪れたイタリアの展示会で出会った革の加工に衝撃を受け、帰国後に同社を創業。アイデアを形にするために日々研究を重ね、独自の鹿革加工技術を生み出した。趣味は銭湯、近所のご飯屋さん巡り。最近見つけたお気に入りのお店は、柏屋食堂という朝・昼ごはんしかやっていない和食屋さん。
 

吉野美桜(よしの みお)/デザイナー

服飾の専門学校へ入学後、授業で扱った革素材に魅力を感じ、卒業後に同社へ入社。主力ブランド「OMNES」を立ち上げ、現在はブランド責任者として商品企画・開発、デザイン、販売を手がけている。夢は、中野ブロードウェイに自分のお店を出すこと。

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