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【SPBS奥渋谷界隈探訪】#03 服を買うことは、新しい自分と出会うこと──地域密着型インポートブティック 〈セラッチ・ジャポン〉世良陽彦さん

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Seracci Japon(セラッチ・ジャポン)オーナー社長の世良陽彦さん

渋谷駅から離れた住宅街にポツポツと連なる細長い商店街エリア「奥渋谷」。ここ10年ほどで、このエリアにお店や人通りが増え、メディアでもよく紹介されるようになりました。
 
その中に、1996年から20年来お店を構え、街の変遷をみてきたブティック〈SERACCI JAPON(セラッチ・ジャポン)〉があります。間口の小さなお店ですが、おしゃれで上質なインポートのセレクトが目を引きます。
 
それにしても、なぜこんな駅から遠い立地で、小さなお店が20年以上も続いているのでしょうか? オーナー店長・世良陽彦さんにお話をうかがいました。
 
(取材・文・写真=SPBSスタッフ・K子)
 

豆腐屋さん、魚屋さん、畳屋さんの並びにブティックを

 
──世良さんがこちらにお店を出された頃は、この辺りも今とはだいぶ違っていたのではないですか?
 
世良:そうそう。まだ人もお店も少なかったですよ。お豆腐屋さん、お惣菜やさん、魚屋さん、畳屋さんなんかがある、静かな通りでした。
 
──そんなところに、なぜ突然ブティックを?
 
世良:いわゆるインポートの店をやろうと場所を探していたんですけど、私としては、青山とか代官山とかではなくて、ちょっと下町の雰囲気が残っているようなところをイメージしてたんですね。それで、ここを見に来てみると、畳屋さんがあったり、豆腐屋さんがあったり、魚屋さんの食堂があったりとか、地元の人が買い物に来る地域密着の雰囲気と自分のやりたいことが一致したので、ここを選びました。
 
その当時はいまでいう「奥渋」なんて言葉はなくて、ただ住宅街をひかえて、渋谷駅にも行けて、でも渋谷の駅とは雰囲気が全然違う街。そういうところがすごく気に入ったんです。
 

「インポート=(イコール)ブランドもの」ではない魅力

 
──インポートのファッションの魅力は、どういうところだと思いますか?
 

商店街の奥の方に位置する間口の小さなお店は、一味違うしゃれた服や雑貨が並ぶ

 
世良:色彩やシルエットが、日本にはないものが多いんです。ディテールにこだわりがあって、吊るしてあるとわからないようなところでも、着ると立体感が全然違うんですよ。だから飽きが来ないし、着心地がよいんです。
 
──わかります(セラッチで買ったカットソーを着用中)! そういう良さはどうやって知ったんですか?
 
世良:私は大学を出てから大阪の洋裁学校に行って、卒業して一番最初に就職したのがアパレルの小売店だったんです。そこはフェンディやフェラガモなんかを扱うインポートのセレクトのお店でした。それでそのオーナーと一緒に20代のうちからよく一緒にパリやミラノに買い付けに行っていたんです。それが私の基本になっていたので、自分の中ではインポートって特別なものじゃなくて、すごく身近な存在だったんですね。
 
30歳から34歳までパリにいたんですけど、そこでデザイナーさん達と友達になって、服づくりの姿勢に触れて。みんな、他とは違うものをつくろう、オリジナリティを突き詰めようという気概にあふれていました。
 
──でもそのようにつくられた服の良さが、日本の日常にはそんなに浸透していなかったと。
 
世良:そうですね。日本では「インポート=ブランドもの、ラグジュアリー」というイメージが強いと思うんですけど、そうじゃない、もっとリーズナブルでいいものはいっぱいあるので、そういう良さを伝えたいなと思ったんです。
 

独立してブティックを始めた理由

 
──パリに住んだきっかけは、何ですか?
 
世良:買い付けで何度もフランスに行くうちに、すごくパリに憧れるようになって、一度は住んでみたいなと思ったんです。観光とか旅行じゃなくて、住まなきゃわからないことってありますよね。文化とか、そういうことを、生活の中で肌で感じたいと思ったんです。向こうでできた友達も、おいでよって誘ってくれたので、思い切って30歳で大阪のブティックをやめて行ったんです。
 
──その頃から独立してお店をやろうと思っていたんですか?
 
世良:全然思っていませんでした。一応フランス語がそこそこしゃべれるので、向こうではアパレル関係者のアテンドの仕事もやっていたんですけど、それで青山のニットメーカーの社長さんと知り合って、帰国後はその会社で働くようになりました。そこでは6年間MDや、新しいブランドの営業をやって、日本全国、取引先を新規開拓してまわっていました。ところが41歳のときに、その会社がなくなっちゃったんですよ。それで自分でやるしかないなと。
 
──結果的に、服づくりを学んで、小売を経験して、フランスにいって、デザイナーと友達になって、帰ってきてからメーカーで卸しも経験して。アパレルに関わる全行程を経験されてきたわけですよね。
 

ブティックの通りを挟んで向かい側にショールームがあり、全国の取引先が買い付けにくる

 
世良:そうそう。ある程度経験したんで、ちょっと自分を試してみようかなという思いもありました。
 
──それで最初から卸しもなさっていたから、駅から遠い立地でも経営が成り立っていたんですね。
 

服をセレクトする2つのポイント

 
──こちらは婦人服のお店ですけど、女性の服をどうやって選ぶんですか?
 
世良:もちろん私は試着はできないですけど、選ぶポイントが2つあるんです。1つは、パッと見の印象。それから2つ目は、着た人がおしゃれに、かっこよく見えること。「ドレスダウン」じゃなくて、「ドレスアップ」してほしいんです。セーター1枚にしても、誰がみても、かっこいいねと言えるような。そういうものを提案していきたいんですよね。
 
いい服は、一見、量産品とあまり変わりないんですけど、着てみると全然違うんですよ、パターンとかフレアのちょっとした分量感とか。流行の真似じゃなくて、きちんとパターンも考えてクリエイションしている。そういう部分ではやっぱり向こうは洋服の歴史があるんです。
 
──そういう違いを見分けられるのは、洋裁学校で服づくりの基礎を学ばれたからでしょうか。
 
世良:そうですね。やっぱり学校で学んだ基礎はすごく役に立っています。いわゆる肉体の厚みとか動きだとかを踏まえてパターンを起こして、ボディでシーチング(仮縫い)を組んで。そういう基本を知っていると、服の見方が違うんですよね。
 

ブティックで服を買う意味

 
──提案されている「ドレスアップ」とは、レッドカーペットを歩くためではなく、日常の中でちょっと背筋が伸びるみたいなことですか。
 
世良:そうそう。だから客観的に見て、お客さまが気に入っても、私が納得しないとおすすめしないんです。私の仕事は、お客さまの「私はこうだわ」という思い込みを、いかに打ち破って、違うものに挑戦してもらえるか、なんです。それも極端なものでなくて自然な形で、違う自分を発見するお手伝いをする。もしそれができなければ、別に通信販売でいいんですよ。お客さまが思いつかないものを提案したとき、それがすごく似合って、他の人が褒めてくれると、その方は違う自分を発見して自信がわいてくるんですよね。
 
──その新しい自分に出会う対話の場が、ブティックの役割なんですね。だからセラッチジャポンさんでのお買い物は楽しいのかもしれません。
 
世良:洋服を買うことにはいろいろな意味があって、例えば仕事でストレスを抱えているのが私たちと接することによって解消できたりね。それが結果的に購買につながることもあるけれど、つながらなくてもいいんですよ。それが本当の地域に密着したお店の、ネットショップではできない役目なのかなと思います。
 

接客の極意「押す商売はあかんで」

 
──先ほど、似合わないものはすすめないとおっしゃっていましたが、お客さんも本当のことを言ってくれるのがうれしいのかもしれません。似合わないのに「お似合いですよ」ってお世辞を言われて買わされるのって、いやですもん。
 
世良:大阪でインポートのブティックにいたときに、そこのオーナーにいろんなことを教わったんですけど、その中のひとつに「押す商売はあかんで。ひく商売を覚えなあかん」というのがあるんです。最初はどういう意味かわからなかったんですけど、なんでもかんでも、いいよ、いいよと押すのではなくて、「これはやめておいたほうがいいんじゃないですか」と引くことも大事だと。押すと相手が引いちゃうけれど、引くと向こうが押してくるんですよ。私に何かすすめて、みたいな感じになる。
 
──相手のことを思う、ということなんでしょうか。
 
世良:そう、相手の方が満足していただけるように。それが商売の基本というか。だから「商いは“飽きない”やで」と教わりました。
 
それと「似合わない、言うたらあかんで」ってその人によく言われました。そう言われたらみんなプライドがあるからカチンとくる。そういうときは「これはあなたの雰囲気じゃないですね」と、その人にもっと合うものをすすめると、お客さんは納得してくれるんです。実地の中でいろいろ教えてくれた言葉は、血となり肉となって残っていますよ。
 

奥渋谷の程よい距離感

 
世良:この辺りは、気取らなくて、松濤の高級住宅街をひかえている割には意外と庶民的でみんなフレンドリーですよね。適度に距離感もあるし。親しくなってもべったりにはならないんで、いいですよね。
 
──そうですね。地元密着でべったりだと、息苦しくなっちゃうんですけど。
 
世良:そうそう。ぼくがよく行く滝乃家さんなんか、築地に仕入れにいったときに、おいしいカレーパンを差し入れに買ってきてくれたりとか(笑)。そういう横のつながりのおすそ分けみたいなのがあって。だからといってべったりするわけじゃない、そういうのが心地いいところですよね。
 

 
服が自然に立体的に体に沿ったり、ベーシックなのに“何かが違う”洗練された空気をまとうのは、考え抜かれ、試行錯誤を繰り返されてきた職人的クリエイションが入っているから。それは文章も同じで、読みやすい自然な文章には、実は読みやすくする編集の工夫が随所にほどこされていたりします。きちんと作られたものの良さを共有し合える、付かず離れずの街のコミュニティ。改めて、奥渋谷っていいな、と思いました。
 

seracci japon(セラッチ・ジャポン)

渋谷区神山町40-1(営業時間10:00〜19:00 日曜日定休)

 

 
<プロフィール>
 

世良陽彦(せら・はるひこ)さん

高校のときに演劇を始め、大学時代より俳優となる。大阪のアングラ劇団に入り、衣装作りにも携わる。劇団解散後、大阪の百貨店内のブティックの店員となるが、アパレルの道で仕事をするなら勉強が必要だと言われ、大阪モード学園で服の基礎を学ぶ。卒業後もブティックで働きながらパリなどでバイイングにも関わり、フェラガモの路面店のオープンとともに店長に就任。30歳でパリに渡り、ソルボンヌでフランス語を学びながらヨーロッパ各地を旅する。帰国後ニットメーカー等でMDを務めた後、41歳で独立し、セラッチ・ジャポンを設立。

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