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穂村弘さん×島田潤一郎さんトーク「運命の本の探し方」「運命の作家との出会い方」

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穂村弘さん×島田潤一郎さんトーク「運命の本の探し方」「運命の作家との出会い方」

毎月約6,500点、年間では約8万点発売される新刊本(出版ニュース社『出版年鑑』調べ)。この膨大な数の本の中から、自分の宝物になるような1冊を選ぶにはいったいどうしたら……? と思い悩んだ経験のある本好き人間は多いことでしょう。

SPBSではそんな方たちのために、歌人の穂村弘さんと出版社・夏葉社の島田潤一郎さんを“本読み代表”としてお招きし、トークセッションを開催しました。テーマはずばり、「運命の本の探し方」です。

 

文・写真 = SPBS編集部

 

「運命の本は少女漫画です」

穂村:こんばんは。穂村弘です。

 

島田:島田です。今回は、「ぼくたちの、運命の本の探し方」というテーマなので、本や作家との出会いについてたくさん語っていけたらと思います。

 

穂村:よろしくお願いします。

 

島田:本との出会い方って色々ありますよね。本屋さんに行って何となく気になって手に取ってパラパラとページをめくっておもしろそうだったら購入するというパターン。いまだと、SNSなどでオススメされていた本を購入するというパターンも多いことでしょう。穂村さんはどんな感じで本と出会うんですか?

 

穂村:うーん、これは、言語化するのが難しい……。そもそも本に対するスタンスって個人差がありますよね。僕は、人はみんな運命の本を求めて生きているって思っているから今回のテーマに何ら違和感はないのですが、「運命の本の探し方」という表現に違和感がある人もいると思うんですよ。本に運命とかないし、みたいな(笑)。そのときどきで本を楽しませてくれればそれでいい、という方のほうが多数派だと思うんです。

 

島田:そうですね、僕も運命とまでは……。

 

穂村:えっ、思わない? 最初から食い違ってない?

 

島田:運命、うーん……。

 

穂村:僕は、本と運命的な出会いをするかどうかって、本を探している当人がどれだけ苦しい精神状態にあるかどうかによると思うんです。ニュートラルで楽しい状態であれば、楽しめる本をときどき手に取れればいい。それが、「もうこれはヤバい」というくらい精神状態がギリギリであれば、自分の精神を救ってくれるような本を探すし、出会った本は「バイブル」になる可能性もある。

 

島田:僕も大学生の頃は社会での居場所を見つけられなくて、精神状態がギリギリで、藁にもすがる思いで本屋さんに行った記憶があります。

 

穂村:僕の場合は、自分の中で最初に本がクローズアップされたのは思春期のときでした。運命の恋人と出会いたかったのは山々なんだけど、相手にも意思があるわけだから出会える可能性は小さい。ところが、本だったらこちらが手を伸ばしさえすれば、触れることができる。

 

島田:穂村さんは、いまもなお、10歳代の頃のギリギリを求めているような感じがして仕方ありません。

 

穂村:それを読んだらいまの自分の苦しみが消えて、世界が変わってしまうような本が必ずあるに違いないっていうような思いがどこかにあるんですよね。で、本との出会いということでいうと、高校1年生の時に一度成功体験があるんです。当時名古屋に住んでいて、ダイエー(当時)の本屋でいつも本を見ていたんですけど、あるとき一度も立ち入ったことのないゾーンがあることに気付きました。それは、少女漫画コーナー。「もしかしたら今まで自分が運命の本と出会えていないのは、その本がここにあるからなんじゃないか」と急に意識しはじめてしまって……。そして、そのコーナーで偶然選んだのが『綿の国星』※1(大島弓子)という作品。

 

島田:へー! それはすごい。

 

穂村:読んだとき、「少女漫画ってこんなにすごいんだ!」って驚いたのを覚えています。それが初めての、運命の本との出会いでした。

 

穂村弘さんの運命の出会いは、恋人ではなく「少女漫画」だったという。

 

島田:たしかに、仕事や趣味とは関係のないジャンルの本棚にはなかなか行きづらいですよね。そのせいか、僕はせっかく本屋さんに行っても何も見つけられないことが未だによくあります。自分の中の何かを満たしたくて新しい本を探しに行くんですが、なかなか見つからない。結局、最後は自宅で既に何度も読んだ本を読み直すこともあります。

 

穂村:「微妙だなと思った本をまず買え」という植草甚一さん※2の言葉が印象に残っているんです。はじめに微妙な本を買えば、その後の心理的なハードルは下がりますよね。あと、その本が「僕買ってもらえたよ、(僕を買った)この人いい人だよ」と仲間に連絡するんじゃないかと。いや、冗談です。

 

島田:なるほど(笑)。

 

『わたしは真悟』を読まずに死ねるか!?

島田:穂村さんの本の中に書かれていたことで印象的だったのが「自分はいま、とんでもない傑作を全然受け止めきれないまま、その価値をザーザーこぼしながら読んでいる」という部分。こういう気持ちになることは、本当に多々あります。

 

穂村:はい。それは高野文子さん※3の本を読んだときに強く感じたんです。ああ、自分はいまこれを読めていないなと。本の場合は再読ができるので最初からすべてを受け止められなくてもいいんだけど、なんか焦りますよね。

 

島田:高野文子さんのどの作品ですか?

 

穂村:『棒がいっぽん』の中の『奥村さんのお茄子』※4です。あれはとてつもない情報量が詰まった傑作でした。今でも読み切ることができません。最近では『月に吠えらんねえ』※5(清家雪子)っていう漫画も凄かった。

 

島田:何回読んでも、その度に感じかたが違ったりしますよね。

 

穂村:うん、良くも悪くもそういう感じはします。あとネットで、カンニングしたりもします(笑)。『奥村さんのお茄子』は物語の構造が難しいんですが、世の中には精密に読める人がいるので、参考になります。ネットがなかった時代は、友だちに電話して聞いたりしていました。

表現が難しいとか、わかりにくいという次元を超えて、なんかよくわからないけどおもしろい、という現象が時折起こります。たとえば、全盛期のちばてつやさん※6の作品にもよくわからない細かいエピソードが盛り込まれていました。一見おもしろくないんだけど、画の一コマ一コマにすごい圧があるから印象に残って、読み終わったときにおもしろかったなと思わせる力がある。

 

島田:得てして、作家本人はあまり覚えてないエピソードだったりしますよね。

 

『昔日の客』『冬の本』などを発行する夏葉社代表・島田潤一郎さん(写真右)。
出版社として掲げるテーマは「何度も、読み返される本を。」

 

穂村:そうですね。逆に作家としてのピークが過ぎると、そういう微細なところの表現の圧がどんどん減っていく気がします。

 

島田:ちなみに、そのちばてつやさんの作品は何だったんですか?

 

穂村:『おれは鉄兵』※7という漫画です。昔から繰り返し繰り返し読んでいる作品のひとつです。老人ホームでも読みたいです。

 

島田:ほかにも「これは!」と思うような作品や漫画家さんはいますか?

 

穂村:楳図かずおさん※8を尊敬しています。すべての作品を読んでいるわけではないですけど、中でも『わたしは真悟』※9は特にすごかった。

 

島田:フランスの第45回アングレーム国際漫画フェスティバル※10で「遺産賞」を獲っていましたよね。

 

穂村:はい。漫画家の世界では、たとえば手塚治虫さんは天才って言われていますよね。でも手塚さんの場合は、作品の「量」も含めて天才なんだと思うんですよ。けど、楳図かずおさんにはまったく外れがないんです。

 

島田:命をかけて描いた漫画はこれほどまでに伝わってくるものなのか、と思いますよね。あれを見てしまうと、いざ、新しい本をつくろうというときに絶望的な気持ちになってしまいます。「楳図さんは命をかけて漫画を描いてるのに……自分は……」みたいな。

 

穂村:ディテールの表現力もすごいし、そのディテールを積み重ねていって、それが1枚の絵になったときのあの迫力は、『わたしは真悟』の扉絵とか、いま話していても鳥肌がたつくらい、もう素晴らしいです。

 

 

世界の本質と向き合い続けるから本物のアーティストなんだ

島田:楳図さんは自分の描く世界を本当に信じていますよね。たとえば作品の中に、こんなセリフが出てくるんです。「子供たちが主人公なんです。子供たちの愛の物語なんです」。

 

穂村:ああ、いいですね……。楳図さんの世界の中では、大人はみんな敵なんですよね。それで、夏休みが終わったときに、背が伸びた子と伸びなかった子に二分される描写がある。背が伸びた方は主人公の敵になるんです。それもすごい強迫観念なんですけど。大人である親が主人公を叱る、その台詞が「近所の人たちが噂しているわ。愛に飢えたいやらしい子供だと」という(笑)。

 

島田:(笑)。なんというか、このビリビリ感がたまらないですよね。

 

穂村:昔、楳図さんに直接聞いたんですが、結末とかは最初に全部決めているらしいです。逆算して描いていると。

 

島田:それであの疾走感っていうか、切迫した感じが出ているんですかね。

 

穂村:本当に死んじゃいそうですよね。でも、それくらい傑作です。

 

島田:『わたしは真悟』だけは買って損はしないと言いますか、騙されたと思って、読んでみて欲しいなと思います。

 

穂村:楳図かずおさんとか、いがらしみきおさん※11とか、大島弓子さん※12とか、吾妻ひでおさん※13とか、何人かの本物の作家さんたちはみな「リアリティの最深部」にしか関心を払わないんです。子どもの頃って、「神はいるのか」とか、「生命とは何か」とか、「死んだらどうなるのか」とか、「宇宙の果てはどうなってるのか」とかいろいろと考えますよね。でも大人になってからもずっとこういうことを考え続ける人は珍しい。食べ物とかファッションとか恋愛とかお金とか、いろいろなことに意識が分散していくわけだけど、彼らはそうじゃない。いつまでも、そういった世界の本質的な部分、リアリティの最深部と向き合って考え続けている。だからこそ、わたしたちはその表現に触れて感動するし、表現されたものは、本当の意味でのエンタテインメントとして成立する。

 

島田:なるほど。音楽のライブとかでも、本物のアーティストからはそういう波動を感じますよね。

 

穂村:そうそう。これが本質なんだと思うじゃないですか。これこそが「リアリティの最深部」だと。でもライブが終わって会場を後にして、いつもの電車に乗って見慣れた風景を見るにつれて、そのリアリティが反転してくる。さっきの体験が夢で、このどんよりした日々の光景がリアルだと思ってしまう。われわれは凡人だからそうなってしまうけど、本物の表現者は違います。「明日死ぬかもしれない」という、本当に死と隣あっているかのようなギリギリ感を常にもって、わたしたちの前に現れてきます。

 

島田:僕の場合、そこまでやるんだと思うのと同時に、これ以上は怖くて読めないと思ってしまいます。われわれ凡人の側からすると、これ以上危ない世界に足を踏み入れたら戻ってこれないんじゃないかというような、そういう恐ろしさ。でも読書という行為は、そういう恐ろしさに触れるものでもあるなと思います。

 

リアリティの破れ目としての楳図かずお

穂村:本が世界の見え方を変えるというのは、パラレルワールドみたいなイメージを僕は持っています。たとえばお金があるじゃないですか。いま、どこの国でもお金のない国ってほとんどないと思うんですけど、それはつまり、地球上にいる限りお金はリアリティなんですよね。

 

島田:はい。

 

穂村:この世界の内部にいる限り、いくら僕が、あるいはひとりの人間が、お金がすべてではないと訴えたところで、社会は変わりません。だけど一方で、それはリアリティのすべてではないということもみんなどこかでは感知していると思うんですよ。でも、屈さざるを得ない、世界のリアリティの前に。

そういった中において、本というのは、それ自体がその無根拠なリアリティの破れ目になりうるというか。全然違う世界の可能性があるんだっていうことを示してくれる。

 

島田:そうですね。リアリティの世界にいつまでたっても馴染めなくて、戦っている人たちもいますしね。

 

穂村:はい。もちろん、現実に戦う人たちもたくさんいて偉いけれど、ひとりの心の戦いとしては本を読むということが、やはりすごく大事なんだと思うんです。だから生身の楳図さんとかを見ると、「ああ、リアリティの破れ目が歩いている」と感じて、「この人がこの世から消えたら、世界から破れ目がひとつ消えてしまう」と思うんです。

 

島田:なるほど。今日はおもしろい話をたくさんありがとうございました。

 

穂村:ありがとうございました。

 

………………………

 

※1:『綿の国星』…猫好きで知られる漫画家・大島弓子が、擬人化された猫と周囲の猫達や人間達の様子を描いた作品。
 
※2:植草甚一…欧米文学、ジャズ、映画の評論家。通称“J・J氏”
 
※3:高野文子…看護師として勤める傍らデビューを果たした漫画家。従来のテイストとは一線を画する作風が注目を集めた。
 
※4:『奥村さんのお茄子』…「25年前に何の昼飯を食べたか?」という謎の生物の質問から始まる物語。奇想天外な設定や描写、巧みな場面構成で終始読み手の意表をつきながら展開していく。
 
※5:『月に吠えらんねえ』…「月刊アフタヌーン」連載中の、清家雪子の漫画作品。萩原朔太郎・北原白秋らをイメージした詩人たちが詩作にまい進する物語。
 
※6:ちばてつや…代表作『あしたのジョー』などが有名な漫画家。日本漫画家協会理事長。
 
※7:『おれは鉄兵』…自由奔放な少年が、学園で騒動を起こしていく様子を描く。字もろくに読めない主人公が、騒動をへて、良識ある大人へと成長していく物語。
 
※8:楳図かずお…ホラー漫画の名作を数多く執筆している漫画家。「恐怖漫画の神様」として知られる。
 
※9:『わたしは真悟』…楳図かずおの長編SF漫画。恐怖漫画の第一人者である楳図かずおが、恐怖テイストを控えめにして、神とは何か、意識とは何かといった、形而上学的なテーマに挑んだ意欲作。
 
※10:第45回アングレーム国際漫画フェスティバル…毎年フレンスのアングレームで開催される、ヨーロッパ最大の漫画の祭典。遺産賞は永久に残すべき作品と認められた漫画に与えられる賞。日本人の漫画家による受賞は水木しげるさん、上村一夫さんに続き、3作目となった。
 
※11:いがらしみきお…4コマ漫画作品が多い漫画家。2018年、作画をした「羊の木」の映画化が決まるなど話題に。
 
※12:大島弓子…萩尾望都、山岸凉子、竹宮惠子らとともに「花の24年組」と呼ばれる漫画家。「週刊マーガレット」「少女コミック」を中心に活動。
 
※13:吾妻ひでお…漫画家・板井れんたろう氏のアシスタントを務めた後にデビュー。自らの失踪経験を描いた作品「失踪日記」は話題になり、日本漫画家協会大賞や文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞などを受賞した。

 

<プロフィール>

穂村弘(ほむら・ひろし)さん

1962年、北海道札幌市生まれ。歌人。2008年、『短歌の友人』で第19回伊藤整文学賞、『楽しい一日』で第44回短歌研究賞、17年、『鳥肌が』で第33回講談社エッセイ賞を受賞。著書に、歌集として『シンジケート』『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』『ラインマーカーズ』ほか、エッセイ集として『世界音痴』『もうおうちへかえりましょう』『絶叫委員会』ほか、対談集、評論、絵本、翻訳なども多数。現在、新刊『水中翼船炎上中』が絶賛発売中。

 

島田潤一郎(しまだ・じゅんいちろう)さん

1976年高知県生まれ、東京育ち。2009年9月に出版社夏葉社を吉祥寺で創業。『昔日の客』(関口良雄著)、『星を撒いた街』(上林暁著)などの昭和の名著の復刊などをひとりで手がける。著書に『あしたから出版社』(晶文社)がある。

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