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「なぜ極寒の地での撮影に挑み続けたのか?」高橋ヨーコさん×岡本仁さん『WHITE LAND』刊行記念トークイベント

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編集者の岡本仁さんとフォトグラファーの高橋ヨーコさん。
事前に二人で打ち合わせて、ファッションを合わせてきたという(足元は赤いスニーカー)

 
フォトグラファー・高橋ヨーコさんが24年間撮りためた、世界中の極寒の景色をまとめた写真集『WHITE LAND』。刊行を記念して、編集者の岡本仁さんとのトークショーが盛況のうちに開催されました。なぜ孤独と向き合い、極寒の地を巡り写真を撮り続けたのか。『WHITE LAND』という写真集のアイデアが生まれ、出版されるまでの道のりを伺いました。
 
文=佐藤南(SPBSインターン)
写真=SPBS編集部
 

ロシア・シベリア──極寒の地を巡って

岡本:こんばんは。今日はですね、高橋ヨーコさんが『WHITE LAND』という写真集を出版されて。先ほどちょっと拝見したんですけれども、ヨーコさんらしい、ある意味不親切極まりないというか、文字が全然ない写真集で。なので僕が伺いたいことを聞いてくっていう形で、とりあえずスタートしましょう。
 
高橋:そうですね。お願いします。
 
岡本:何も紹介せずに始めてしまいましたけど、高橋ヨーコさんが写真家だ、ということはもちろんご存知だと思いますが、いまサンフランシスコ在住で、サンフランシスコに住み始めたのは……?
 
高橋:8年前……2010年とか。
 
岡本:2010年ですね。まだ学校に行ってる頃にサンフランシスコへ。
 
高橋:そうですね。英語の学校に。
 

会場で先行販売された『WHITE LAND』(Ontariopaper)

 
岡本:じゃあ、写真集の話をしましょう。写真を撮りはじめたのは、仕事で?
 
高橋:いや、全然仕事じゃなくて。24年前にとりあえず何か作品を撮って、まとめてみようかと思って、撮りに行っただけです。
 
岡本:すごい昔ですね。どうしてシベリアを選んだんですか?
 
高橋:うーん、なんでだっけな。シベリア鉄道っていうのに乗ってみたかったんで。すごい寒いところに一人で行ってみたかったんだと思います。
 
岡本:僕、寒い雪景色とかが見たくなくて、一刻も早く東京に出たいと思ってた人間なんで(※編集部注:岡本さんは北海道出身)、理解できないんですけど(笑)。
 
高橋:でも、ちょっと失敗したなと思いました。あまりに過酷で。気温も低いし、90年代の前半だったので、まだ共産圏みたいな感じで。言葉も全く通じないし、人も怖くて。毎日怖かったです。
 
岡本:怖かった。でも、なんかヨーコちゃんって、会った時から感じてましたけど、ロシアと言うか、ソビエトと言った方がいいのか、そのイメージが強いですよね。
 
高橋:あの寂しい感じが好きなのと、ソビエト連邦共和国っていう名前が好きなんです。
 
岡本:(笑)。
 
高橋:ベラルーシでも、「ソビエトっぽい、終わった感じのところないかな?」って、ミンスク(ベラルーシ共和国の首都)で知り合った日本語ペラペラな子に聞いて、誰もいない、ソビエト時代からある遊園地に連れて行ってもらいました。
 
岡本:なんかありますよね、ヨーコちゃんの気にいるポイントみたいな。基本的に誰もいないところですよね(笑)。
 
高橋:はい(笑)。狙ってるわけじゃないんですけどね。
 

子どもの頃から地図を見て「ソビエト」という響きに憧れを抱いていたという高橋さん

 

“東の端っこ”への憧れ

岡本:根室の納沙布(のさっぷ)岬は、どうして行ったんですか?
 
高橋:単に、 “東の端っこ”に行きたかった(笑)。東が好きなんですよ。雪はそんなには降ってなかったんですけどね。
 
岡本:そんなに雪が多いところではないと思います。でも留萌(るもい)の写真を見ると、僕が早く北国から逃げたいと思った気持ち、わかってもらえますか?(会場に向かって)
 
高橋:(笑)。留萌良かったですよ。誰もいないんですけど、スナックがいっぱいあって、カラオケの音だけ聞こえてくるのが、すごくいいんです。スナック街でスリップした車と人がぶつかった、っていう事故があったり。
 
岡本:いやーこれはね、よく見た景色ですよ。寂しくしかならない景色ですよ。
 
高橋:寂しかったなあー。ほとんど誰とも口を聞いてませんからね。
 

『WHITE LAND』より。留萌の雪景色

 

極寒の旅を共にしたカメラたち

高橋:結構びっくりなんですけど、サハリンの北のほうに行った時、マイナス40℃ぐらいでデジカメが一番壊れなかったんですよね。デジカメは最近はいつも予備で一台だけ持って行ってて、それ以外は電池で動くやつと電池を使ってない普通のフィルムカメラと、3種類くらい持って行ってたんですけど、電池を使ってるほうはまずダメになり。電池使ってないのも機械のオイルが凍って固まって、それでフィルムが巻き上がんなくなっちゃって、次々に壊れ。なぜかデジカメは最後まで壊れませんでした。意外と大丈夫みたいです。
 
岡本:サブとして持ってるに越したことはない。
 
高橋:プラス、iPhoneのサブ。iPhoneの何が良いって、場所が残るのと、あとどこで撮ったっていうのが地図でわかるので。そのために必ず最近はiPhoneでも撮るようにしてます。
 
岡本:記録用に。
 
高橋:でもサハリンとかではダメでしたけどね。電池がダメになっちゃう。昔は1台しか持って行かなかったんですけど、今は「二度と撮れないかも」っていう欲が出ちゃって。何台も持って行って、「念のため」って言いながら、色んなカメラで撮っちゃう。重いから、もうちょっと身軽に旅したいんですけど。
 

トークの前半は、写真集に掲載されている写真を順に投影しながら話を進めた

 

孤独な旅の原動力──カーテンの向こう側を見てみたい

岡本:言葉が全然わからないところに行くっていうことに、不安はないんですか?
 
高橋:いや、めちゃくちゃありますよ。でも、しょうがないですからね。
 
岡本:不安を乗り越えても行く、「しょうがなさ」って何なんですか?
 
高橋:「怖いけど、えいやっ!」みたいな。
 
岡本:「なんか撮れるかもしれない。見たことない風景が見たい」ってこと?
 
高橋:「このカーテンの向こう側が見れるかも」みたいな。
 
岡本:すごいな、行ってみようと思うところが。ヨーコちゃんって、旅の予定を考えるの好きですよね。なんと言うか、面白い行き方をしたいのかな、と思っていて。雑誌とかの撮影でどこかに行く時って、編集者がだいたい整えるじゃないですか。何時の飛行機で何時に着いて、って。でもヨーコちゃんは自分で手配したがりますよね。
 
高橋:そうですね。楽しいんですよ。
 
岡本:前に「ハワイで写真撮ってもらいたいんですけど」、って言ったとき、「ああ、ちょうど行く予定があるから、じゃあ現地で」みたいな。現地で!?(笑)。吉祥寺駅で集合とかじゃないですもんね(笑)。旅慣れてんな、と思って。
 
高橋:(笑)。旅慣れてるのかなあ。
 
岡本:(現地入りの)スケジュールがずれてて、「じゃあヒロ(ハワイの都市)で」、みたいなのは初めてで。
 
高橋:そうでしたね(笑)。
 
岡本:それで一泊して、次の日の朝は時差ボケもあって早く起きて、ブラブラしてたんですけど、朝6時半ぐらいなのに開いてる床屋があって。これはヨーコちゃん好きだろうなと思って、宿に戻って「ヨーコちゃん、すごい好きそうな床屋さんあった」って言ったら、「もう撮りました」って。「え?」って(笑)。やっぱり一人で行動しますよね、すごく。
 
高橋:誰も自分の旅について来てくれないですよ、誘ったところで。
 
岡本:まあねえ。行かないですよ、紛争地隊とか、マイナス40℃とか(笑)。でも、一人だと退屈しないですか?
 
高橋:退屈がいいんですよね。シベリア鉄道なんか最初から最後まで乗ったら7泊8日とかですけど、暇じゃないですか。しかも冬だから、日が暮れるのも早いし。最高ですよね。だって座ってて景色が動いてってくれるんですよ? それをたまにパシャッて撮る(笑)。勝手に歩かなくても動くから。退屈な贅沢みたいな、あの時間が最高ですね。
 
岡本:僕も退屈好きなんですよね。“乗り鉄”でもあるので、鉄道でやることないっていうのはすごい好きですね。
 
高橋:いいですよね。
 

岡本さんは雑誌『relax』や『ku:nel』などで、高橋さんと10カ国以上一緒に旅をしたことがあるそう

 

写真集は“完成形”──『WHITE LAND』誕生秘話

岡本:今回、結構長い期間にわたって撮ったものをまとめてるわけですけど、なんかきっかけってあったんですか?
 
高橋:元々、本作りたいな、とかまとめたいな、とかぼんやり思ってたんですけど。一番のきっかけは、最近サンフランシスコの家を1カ月半くらい留守にしてて、帰ったら隣の部屋が火事で燃えてたんですよ。青ざめて、ネガが燃えてしまったかもって思ったんですよ。あ、自分の歴史、終わったな、みたいな。と思ったら、怪しいくらいにうちの家は全く燃えてなくて。ネガももちろん。でも怖くなっちゃって、燃えるかもと思ったら。水でもダメになっちゃうと思うし。早く本を作って「いつ燃えても大丈夫」っていう状態にしたかったんです。お尻を叩かれたみたいな。
 
岡本:なるほど。そういうきっかけがあって、写真集という形で残しておこうと思った時に、どういうことから決めるんですか?
 
高橋:いつもいくつか平行して、自分の中に撮りたいテーマとか、プロジェクトがあって。途中で終わっちゃったり、たまに思い出して撮ったりしてたんです。十数年前に、この雪景色の、『WHITE LAND』っていうタイトルが頭に思い浮かんだんですよ。そういう本作りたいなって。最近、雪を探していろんなところ行ってたんですけど全然降らなくて、早いとこ雪を撮っておかないと、地球からなくなるんじゃないかって思ったんです。
 
岡本:そういうことなんですね。
 
高橋:チェルノブイリに行った時も、あんまり雪が降らなくて、雨だったんですよずっと。そういう場所もいっぱいありました。
 
岡本:平行してテーマをいくつか持っているってさっき言ってましたけど、そういう場所に行った時は、雪は撮れなかったけどあれは撮ろう、みたいな感じですか?
 
高橋:それもあるし、まあいっか、みたいな時も結構あります(笑)。テーマは次々に出てきたりもするんで、終わらないですけどね。でもいつ動けなくなるかわからないんで、動けるうちに色々行って撮って、歳取ったらそれを編んで老後を過ごそうかなと思ってます。本にはやっぱりしたいですけどね。
 
岡本:じゃあその24年前に撮った写真がネガのまま残ってて、それを写真集を作ろうと思った時に、初めてプリントする、というわけですか?
 
高橋:プリントしたことあるのももちろんあって、ないのもあって、って感じで。やっぱり最初に見ていいなと思ったものは、今見てもいいなっていうのもあったし、今じゃないといいなと思わなかったみたいなのもあって。あと見過ぎて飽きちゃったやつも多分あったし、タイミングで選ぶ写真はすごい変わると思います。膨大な量があるじゃないですか。でも24年前ならこうはならなかったし、10年後も多分こうはなってないと思います。あとでおっきくしてみて全部見直してみて、これなんだろうとか、こんなん写ってたんだみたいなことも意外といっぱいありますね(笑)。それが多分、写真の面白いところなんですよね。
 

当日イベントは満席。質疑応答も大盛り上がりで、定刻を過ぎても話が尽きることはなかった

 
岡本:比較的新しい、北海道とかの写真は、もう写真集にしようっていう前提で撮ったんですか?
 
高橋:そうですね。最後は北海道で締めじゃないかな、みたいな。
 
岡本:なるほど。撮ること、写真をプリントすること、写真展を開くこと、写真集を作ること、ヨーコちゃんにとってはどれが一番の完成形なんですか?
 
高橋:難しいな……。本かな。でも写真集の印刷だと、写真のプリントに比べて出したい「色」が100パーセント出ないんですね。今回『WHITE LAND』の展示もちょうどあるんで、見比べてみたらわかると思うんですけど。どうしても出したい微妙な色が、印刷で出ないっていうネックはありますね。
 
岡本:でもそれをこういう写真集っていう形にすることの、意味はどこにあるんですか?
 
高橋:自分がまず、ページものが好きっていう。パラパラめくっているうちに、そこにストーリーが生まれて、イメージがもっと湧いていく感じっていうんですかね。もっと違うところも見えてくるみたいな、そういう気分になるんです。例えば旅している気分になるとか、行きたくなる気分にもなるっていうか。旅情感というか空気感みたいなものは、ページで見てもらいたいなっていうのはありますね。1枚ものだと、なかなかそれは難しいんじゃないかなと思って。
 
岡本:ちなみに何冊目でしたっけ?写真集。
 
高橋:1、2……4冊目ぐらい? 5冊目ぐらい?
 
岡本:その中に、僕が絡んでるものが入ってるかどうかは別ですけど、2つ一緒にやってますよね。その時に、あ、こういう風に、撮るだけじゃなくて、最終的に写真集にすることが好きなんだなってなんとなく思って。
 
高橋:まとめたいんでしょうね。それを出版するかどうかはおいといて。
 

 
9月24日(月)まで東京と葉山の2会場で、高橋ヨーコさんの写真展を開催中です。高橋さんが長年に渡りカメラを提げて歩き回り、撮りためてきた2つの景色の記録です。
 

〈写真展情報〉

“SANDY HEAT , WHITE LAND”
YOKO TAKAHASHI
2018.09.01(sat) – 09.24(mon)
 
Playmountain
151-0051 東京都渋谷区千駄ヶ谷3-52-5
原宿ニュースカイハイツアネックス105
TEL : 03-5775-6747
OPEN : 12:00〜20:00 (会期中無休)
www.landscape-products.net
 
SUNSHINE+CLOUD
240-0111 神奈川県三浦郡葉山町一色2151-1
TEL : 046-876-0746
OPEN : 11:00〜19:00
CLOSED ON MONDAY (※祝日は営業いたします)www.sunshine-cloud.com

 

高橋ヨーコ(たかはし よーこ)/ フォトグラファー

世界の生活文化をフィールドワークするように撮影旅行を続け、特に旧ソ連や東欧へは精力的に出掛け日常風景を記録している。その静謐な写真表現と独自の色彩感覚によるカラー写真により、国内外で高く評価を受けている。2010年よりCaliforniaベイエリアへベースを移し、現在はサンフラシスコで活動中。ビジュアルジャーナルOntarioを不定期で発行。写真集に『SAWA SAWA』『グルジアぐるぐる/GEORGW ON MY MIND』『EAST SIDE HOTEL』などがある。
ソロExhibition “EAST SIDE HOTEL” (09/Tokyo)、 “Changing the Same” (13,Tokyo)、“SHREDDING BLUE” (15,Hayama)、“SANDY HEAT, WHITE LAND” (18,San Francisco)→2018年8月31日より日本で巡回開始予定
Instagram:@yoko1970

 

岡本仁(おかもと ひとし)/ 編集者

北海道夕張市生まれ。マガジンハウスで『BRUTUS』『relax』『ku:nel』などの雑誌編集に携わった後、ランドスケーププロダクツに入社。同社の「カタチのないもの担当」として、コンセプトメイクやブランディング、書籍制作、雑誌連載など、活動の幅を拡張し続けている。著書に『今日の買い物』(プチグラパブリッシング)、『ぼくの鹿児島案内』『ぼくの香川案内』(ともにランドスケーププロダクツ)、『果てしのない本の話』(本の雑誌社)など。
Instagram:@manincafe

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